おくりびとの試写会
おくりびとの試写会に参加した観客は、スムーズにおくりびとの世界の中に入り込んで行けたようです。 映画のおくりびとになっていく主人公に、今の自分を重ね合わせる観客もいたでしょうし、純粋に納棺師という仕事が知りたかった方も多かったようです。 そしておくりびとのキャストはどの方も実力派の俳優・女優ばかりで、ともすればコメディになってしまうか、重い映画になりそうなところを支えているようです。 また単純におくりびとのキャストに興味があって足を試写会に運んだ方もいるようですが、深い感動を感じたようです。 試写会で実際に観ていても、また再度、上映が始まったら、映画館に足を運びたくなる映画がおくりびとです。 死社会において、おくりびとはかなり反応が良かったようで、実際の上映が始まってからも映画館に足を運ぶ方が多いのではないかと思われます。 そういった描写がきちんとおくりびとのなかではあって、試写会に参加した観客も納得できたのではないでしょうか。 試写会にまでは映画監督や脚本家、出演した俳優・女優はかなり緊張するそうですが、おくりびとではかなり自信をもっていたようです。
おくりびとの原作の謎
おくりびとの原作は「これだ」と断定しきれない部分があって、実のところは曖昧になっています。おくりびとは映画として公開されますが、原作は小学館文庫の「おくりびと」という百瀬しのぶさんのものがあります。 しかしその中で、おくりびととして生きていくことを静かに選んでいくのは、どの作品でも共通しているようです。 しかしおくりびとという映画作品は、それだけでも十分すぎるほどに完成していますから、原作と言うよりモチーフになっているのかもしれません。 またおくりびとの作品の中で影響を与えているであろうと思われるのは「ぼくが葬儀屋になった理由(わけ)」をお書きになった冨安徳久さんの本も欠かせません。 おくりびとは実は「これが原作」ということを定めておらず、原作であろう3つの作品にもあまりたくさんの共通点はないようです。 どちらもおくりびとの原作として脚本家の小山薫堂さんに脚本を書く上でインスピレーションを与えているようです。 納棺師にまで成長していく物語の中で、3つの原作がバランスよく影響しているようなのが、映画おくりびとです
おくりびとと仕事
おくりびとでは、主人公が納棺師という仕事に就いて、その仕事に対してなかなか矜持を持つことができない煩悶が描かれます。 おくりびとはただ納棺師の仕事を教えてくれるだけではなく、自分が本当に今の仕事に対してどう考えているのかも付きつけてくる映画です。 おくりびと、というやさしい響きにしても、現実の納棺師は仕事が困難で精神的にも辛いのに、理解者が少ないことを主人公の妻が表しています。 どんな仕事にも貴賎はない、といいますが、現実には差別されたり、偏見を受けたり、そしりを受ける現実をおくりびとでは描いています。 仕事にフォーカスを当てるとなると、おくりびとは一人前の納棺師として誇りを持って臨んでいくまでの映画でもあります。 主人公が納棺師として成長するまでの過程を見つめながら、自分は本当に仕事に真剣に向き合っているかも考えさせるのがおくりびとです。 ですから今、自分の仕事に対して迷いがある方がおくりびとを観ると、一度、自分の仕事に対して振り返るかもしれません。 特に仕事に対して意欲を失っているような方には、主人公の姿を観て、自分を見つめ直すチャンスを与えたくなる映画がおくりびとです。
おくりびとの葬儀風景
おくりびとはいわば「葬儀屋さんの物語」で、映画の中でもいろいろな葬儀が行われています。 おくりびとでは、主人公が納棺師ですから、葬儀が仕事になり、さまざまな葬儀までの準備も描かれています。 おくりびとは、納棺師という死者を棺におさめるまでの仕事が描かれていて、自分が死んだらこうなるのか、と気付かされます。 その中で、おくりびとがどれだけ大事に死者と接しているのかも丁寧に描写され、自分もいつか迎える死を意識せずにはいられません。 葬儀の主人公である死者は自分の葬儀を観ることはできませんが、こんな風におくられたいという気分にさせられるのがおくりびとの中の葬儀です。 おくりびとでは、葬儀は厳粛に行われますが、その葬儀の準備のため、おくりびとである葬儀屋の仕事も見ることができます。 特におくりびとの中で幾度となく描かれる葬儀では、死者と生きている、残された人々の不思議な交流が描かれます。 ときに悲しく、ときに切なく、またときにユーモラスな葬儀の光景を目にするおくりびとでは、いつか自分がおくられるようになったら、と考えさせられます
おくりびとの広末涼子
それだけリアルに「普通の人」を演じながら、持ち前の透明感が損なわれていない広末涼子のおくりびとでの存在感は不思議なものです。 おくりびとという物語の中で、広末涼子の演じる役柄は「当事者ではないからこそ真実を突きつける」というものです。 おくりびとでの広末涼子は、あくまでも夫に経済的に頼りっきりでありながら、わがままなところのある妻を演じています。 デビュー当時は透明感のある美少女ぶりが注目されましたが、大人の女性に脱皮してからは、おくりびとのような演技力を必要とされる作品に出演が続いています。 ですから、おくりびとでの広末涼子の演じた役柄は演技に失敗すれば、ただの「わがままな妻」に陥ってしまいます。 納棺師という仕事に対して知識がなく、その存在のやさしさを次第に理解させていく観客に近い広末涼子の妻の存在があってこそ、おくりびとは光るのです。 おくりびとの中で広末涼子の演じている妻は、お通夜・お葬式という悲しみの現場の当事者ではないがために残酷になる役柄です。 納棺師という夫の仕事に最初は嫌悪感を持ちながらも、次第におくりびとの重要さを理解していく変化を演じた広末涼子の演技力は目を見張るものがあります
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